新建築7月号の隈さんの論文を読んだ。
なんだか最近もやもやと思ってた事を鮮やかに言い当ててくれていて、驚嘆した。
内容は、
コルブや丹下さんの都市計画は、本気で実現しようと思ってた訳ではなく、自分のグッズ(建築)を売るためのポスターだったのではないか。
そして磯崎さんの広島の廃墟の絵も、もちろんポスターであり、丹下さんとの決別を表明したものだったのではないか。
当時はマスメディアが機能し、政治も資本(民間)も社会のOSとなっていたが、個対個のコミュニケーションが可能となった現代では、都市計画という概念も変化しつつある。
ブダペスト(政府)とマレーシア(民間資本)のコンペがポシャリかけているが、そもそもそのコンペは説得や投資家を募るポスターの募集だったに過ぎない。
しかし、大阪の朝日放送では、お隣さんと共に、敷地内に通り抜ける孔を仕掛けた。そしたらNPO団体から隣接の川に渡し船を復活させようという企画がやってきた。
大規模な都市計画は20世紀でなく19世紀までしか通用しなかった。20世紀は宣伝ポスターになっていたからだ。そしてひとまず敷地のオトナリさんに声をかけて、そこから波及する都市計画もあるのかもしれない。
大阪の朝日放送含む街区内でのデザイン自体はなんだかでこぼこで好みではないけど、少なくともプログラム上の協同というのは確実に都市(利用者)に貢献する。
当たり前なようで、縦割り社会では実現しづらかったことが、実現する社会に一歩近づいたと思う。バラバラ分譲開発だった汐留での反省が、生きてきたのかもしれない。
最近、隈さんの『新都市論TOKYO』を一気に読んだ。そして今は『新建築入門』を読んでいる。確実に今、最も好きな建築家と言えます。
- 2008/08/07(木) 00:42:54|
- 濃い口
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